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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)807号 判決

控訴人

右代表者

稲葉修

右指定代理人

増山宏

ほか二名

被控訴人

日動火災海上保険株式会社

右代表者

久保虎二郎

右訴訟代理人

井出雄介

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

《前略》

(被控訴人の主張)

検察官は、本件自動車の保管に当り、これを委託された訴外有限会社斎電工業所(以下、訴外会社という。)の自動車保管場所である車庫が建物の中にあつて、訴外会社の従業員江口しんがこれに居住し、同女が本件自動車の保管に当ることを予測していたのであるから、検察官は結局同女をして本件自動車を保管させたことになる。したがつて、同女は国の被用者であるというべきところ、本件自動車は同女の過失によつて生じた火災のため消失したのであるから、これは被用者である江口しんが使用者である国の事業の執行につき第三者に対し損害を加えた場合に当り、仮に国に国家賠償法(以下、単に法という。)第一条による責任がないとしても、国は民法第七一五条の規定により損害賠償の義務を負うものというべきである。

(控訴人の主張)

一、法第一条第一項の規定によれば、国が責任を負うのは公務員の職務に関する行為であることは明らかであり、右にいう公務員とは、国家公務員法、地方公務員法その他の法律により、国又は公共団体と身分的なつながりを有する者に限るべきである。

最高裁判所昭和三四年一月二二日の判決(裁判集三五巻三七頁)も、執行吏から保管を委託された者は法第一条にいう公務員に該当しないとして、右受寄者の過失により生じた損害について、国の責任を否定しているのである。

二、仮に江口しんが法第一条にいう公務員に該当するとすれば、次のような不合理が生ずる。

法第一条にいう「公務員」の範囲は際限なく広がるおそれがあり、いたずらに国又は公共団体の責任を加重することになる。たとえば、法第一条第二項によれば、国又は公共団体が違法行為をした公務員に対して求償権を行使しうるのは、当該公務員に故意又は重過失があつた場合に限られるが、本件におけるように、国と訴外会社が民法第六五七条に基づいて寄託契約を締結している場合においても、受寄者側の過失に基づき発生した損害について、受寄者側に重過失がない限り、国又は公共団体が求償権を行使できないことになり、不合理である。

また国又は公共団体が法第一条によつて責任を問われる場合には、被害者は当該公務員に対し損害賠償責任を追及しえないというのが判例であるが、国の保管義務を倉庫業者等が全国的に代つて引受けるような場合において、右保管を委託された者の故意、過失による責任を被害者が直接追及することを否定する理由は見出しえない。

三、仮に「公務員」を右のようにではなく、いわば機能的に把握し、広く解するとしても、訴外会社はそもそも公権力の行使に当たるものではない。訴外会社の本件自動車保管の性質は私法上の寄託契約におけるそれとなんら異なるものではなく、その保管の態様も私人から寄託されている場合と異なるところはないのである。したがつて、訴外会社の右保管をもつて公権力の行使に当つているということはできない。

四、本件自動車の寄託者である検察官と受寄者である訴外会社との関係は寄託契約に基づく対等の関係であるから、右検察官と訴外会社との間に使用関係が存在していないことは明らかであるし、さらに江口しんとの間にそのような関係のないことはいうまでもない。また、仮に国と訴外会社との間に使用関係が認められるとしても、右検察官は保管者たる訴外会社の選任監督について相当の注意を尽したのであるから、国が民法第七一五条の規定により責任を負うことはありえないのである。

理由

一当裁判所も、次に附加するほか、原判決と同様の理由により、控訴人は被控訴人に対しその請求にかかる損害を賠償する義務を負うものと解する《中略》。

二法第一条一項にいう「公務員」とは、同法の目的に照らし、必ずしも国家公務員、地方公務員その他国又は公共団体と身分的なつながりを有する者に限らず、実質的に公務を執行するすべての者を指すものと解するのが相当である。このように解すれば、本件における江口しんのように、検察官から領置物件の保管を委託された会社の従業員といえども、同人の保管を通じて検察官の領置が継続すると見られる以上、領置という側面に関する限り、前記法条にいう「公権力の行使に当る公務員」であるというべきである。

三江口しんを法第一条第一項にいう公務員に当ると解するのは、被害者に対し国家賠償を与えるという側面に関してであるから、国が受寄者である訴外会社ないしはその従業員の江口しんに対し重過失がない限り求償することができないと解すべきかどうかはさて措き、求償することができないと解したところで、必ずしも不合理であるとはいえない。

また、本件において、江口しんを公務員であると解することについての右にのべた理由からすれば、被害者が国に対してだけでなく、直接の行動者に対し損害の賠償を求めることは許されないかどうか問題であるが、許されないと解したとしても、被害者の損害は、国家賠償を受けることにより十分回復されるのであるから、被害者の保護に欠けるところはないものというべきである。《後略》

(枡田文郎 福間佐昭 日野原昌)

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